日高スキー研究所 少年スキー教室の沿革

日高スキー研究所の少年スキー教室は、教育者でもあり元東京都スキー連盟副会長、杉並区スキー連盟の創始者で長年会長を務めた、故日高道博氏の子どもから高齢者まで全ての人たちにスキーを広めたいという考え方により、昭和52年に初めて木島平スキー場にて開催されました。
昭和55年からは冬休みと春休みの2回の開催となりバッジテストも行われました。幼稚園の年長さんから小学校3年生まではシルバースクール、4年生から大学生まではジュニアスクールとして平成13年まで続きました。

雪のない東京の子どもたちにとって、スキーをするためには宿泊を伴って共同生活を送らなければなりません。ただスキーというスポーツをするだけでなく、生活面でも多くの成長が見られました。スキーが大好きになった多くの子供たちは成長し、また子どもたちのお世話をするようになり、とても素敵なサイクルができました。多い時にはバス4台を連ね、それでも人数があふれ空き待ちをする子どもたちもいました。その後バブルの崩壊と子どもの減少から参加人数も減り、日高氏も高齢となり長い歴史に幕が閉じられました。

スノーボードが盛んとなり、若者のスキーヤーが減少する中、少年スキーの教室にかかわった者たちがスノーボードもいいけれど、是非スキーの楽しさを子どもたちに伝えたいと日高道博亡き後その理念に基づいて2005年3月より教室は実行されています。